ロシアの工業のレベルははっきり言ってとても低い。

しかし、ロシアの場合、とても低いだけでは片づけられない。
局所的に世界最高水準の技術を持つ企業がいる。

今般の戦争で世界市場からおさらばしてしまいそうだが、チタンメーカーVSMPO-Avismaはそんな企業の一つだった。

ソ連はなぜかチタン技術が突出していて、チタンで潜水艦を作ったりもしていた。

最盛期はボーイングのチタンの40%、エアバスのチタンの60%をロシアが供給していた。
輸出比率が6割というロシアではレアなハイテク輸出企業だった。
(戦争のせいで、全部過去形なのが寂しい)

エアバス、ボーイング、PW、GE、、、、関連が並ぶ。
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VSMPO-Avismaは、板とか鍛造材とか作っている展伸材のVSMPOと、鉱石からスポンジチタンを作るAvismaがくっついた会社。

チタンの業界は、鉱石を金属にする会社と板とかにする会社が別。
日本では前者が大阪チタニウムと東邦チタニウム、後者が神戸製鋼、日本製鉄、大同特殊鋼。
VSMPO-Avismaは両方やる(以下、めんどくさいからVSMPOと書く)。

VSMPOはウラル地方の中心都市エカテリンブルクから、車で3-4時間。
日本基準だと超スーパー山奥ド田舎だが、ロシアになれると比較的便利な場所に思えてくる。

途中には、戦車の町ニジニタギールがあり、戦車工場ウラルヴァゴンザヴォート(UVZ)がある。
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ボクは行いがいいので、このUVZ戦車工場を見学しないかという誘いを受けた。
だが、受けるとシベリアで暮らすことにになりそうだ。
そうならなくても、UVZはクリミア危機後、そっこーで制裁対象になった会社。。。
そんな会社に行ったら、あっちの世界に行ってしまいそうなので、超必死に断った。

なお、ニジニタギールが近づいてくると、ロシア人がノリリスクどーたらこーたらと言い出した。
これは決して、ニジニタギールの製鉄所がノリリスクニッケル系と言っているのではなく、めちゃんこ汚染されているという意味だ。ノリリスクるって動詞ができそうw

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VSMPOに着いた。でも写真はダメぽだった。当たり前だ。
もっとも、ネット上には笑っちゃうくらい流出しているので、向学心旺盛な方はぐぐってくれ。
写真とか絵とかはVSMPO資料館で、許可をとって撮影したものじゃ。

チタン作りの第一歩はスポンジ作り。
原材料はこれ。ルチル(日本名 金紅石)。成分はTiO2
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チタン鉄鉱から鉄とったアップグレードルチルというのも原材料になる。

ここで、びっくりな話。
実はロシアってチタンの資源はしょぼいんだ。
あるにはあるが、あるかどうかわからないほどの量。

なんと、原材料は全部輸入。
日本の金属産業諸氏と同じく、技術力で食っているんだ。

ん? 輸入? 制裁くらったらどうなるの? 終わるの?

一応、それはおいておいて、進む。

鉱石から四塩化チタンを作って、マグネシウムで還元。
この辺がめんくせえ上、純度管理が大変だからチタンは高い。

VSMPOじゃなくて、ウラル山脈の反対側のAvismaでやっている。
↓これはAvismaの還元工程の絵を撮影したもの。
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これが出来上がったスポンジチタン。
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砕かれて、ウラルを超えてVSMPOに運び込まれる。

チタン合金の材料は他にもある。バナジウム、アルミニウム、モリブデン、錫等。
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ちなみに航空機用チタンの代表格Ti64はアルミ6%、バナジウム4%を混ぜる。
一時期脚光を浴びたTi-5553はアルミ、バナジウム、モリブデンをそれぞれ5%、クロムを3%混ぜる。
特許回避のために作った、Ti-55531というのもあり、これにジルコニウム1%を混ぜるのだそうだw

ごつごつした石ころのような原材料をプレスして電極と呼ばれる棒を作る。ここで、合金成分も仕込む。それから、真空中でアーク放電して溶解する。
左が電極を作るプレス機、右が真空溶解炉。
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ソ連時代は年間10万トン溶解していた。
溶解炉は100基くらいあり、ずらーーーーっと並ぶ姿は壮観だった。
ぶっちゃけあまりきれいな場所ではなかったが、溶解で目ちゃんこ悪さをするタングステンは厳禁。
ボールペンはお預けになる。要所要所はちゃんと押さえているのだろう。

出て来るのがインゴット。こんな感じ。
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VSMPOはでかい部材が得意だが、デカいインゴットを作れることは重要だ。

板の場合は、インゴットを鍛造機でボコボコに打って、スラブという板を作る。
それを、圧延機で板にする。
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チタン合金の圧延抵抗は大きい。
っというか、αβ相で圧延しないとあとでぐにょぐにょになる。
だから、圧延変形抵抗が大きい状態で圧延する。圧延機はパワーが必要だ。
圧延機のローラーは二重になっている。

パチパチ火花を散らしながら、ごろごろ流れて来るチタンの板は漢の金属工場という感じだった。


VSMPOの製品はどっちかっていうと鍛造がメイン。

鍛造の場合はインゴットを何段階かにわけて、鍛造を繰り返し形にしていく。
↓VSMPO自慢の75000t鍛造プレス。(写真はVSMPOに貰いました)
1_75000t press
デカいが、音は静かで、静かにチタンを潰していく感じ。
ボクが見ても何もわからない。
どっからどこまで計ったらいいかわからないので、サイクルすらようわからんかった。
だけど、競合他社の人はわかるので見たくて見たくて仕方ないらしい。
まっ、分かる人には絶対見せないんだろうな。。。

なお、НКМЗはウクライナのメーカー。これも切ないな。。。
Aubert &Duvalにも同じНКМЗの65000トンプレスがあるよ。

日本エアロフォージの55000tプレスはMade in Japan

この鍛造機で↓787のこんな部品を作る。長さ5mある。主翼と胴体を繋ぐ部品だ。
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↓はA350の主脚を取り付けるための部品
5_Photo of A350 forged product

75000トンプレスの足元では、ボーイングの部品とエアバスの部品が仲良く並んでいた。

このシーンを読みかえると、VSMPOはボーイングもエアバスも頼りにするサプライヤーだったということになる。


作業者がちょいわざとらしいが、最近は機械加工に力を入れていた。
作った鍛造材を工作機械で切削して、部品にする。それで付加価値を上げる。
(写真はVSMPOにもらいました)
4_Photo of A380 landing gear forged product
なお、上の写真の削られているものはA380の脚。

ボーイングと合弁企業Ural Boeing Manufacturingを立ち上げていた。
第二工場も稼働させていた↓
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ボーイングエアバス以外の航空関連企業もVSMPOを利用する。

CFM56の低圧コンプレッサースプールもVSMPOの作品。
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777の主脚のトラックビームもVSMPOの作品
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もちろんロシアの飛行機の部品も作ってて、Il-96のエンジンPS90のファンもVSMPOの作品。
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ソ連のチタンのほぼすべてを作っていたから、ソ連のチタンが出てきそうなものすべてに関与。

Tu-160の可変後退翼のヒンジもVSMPOの作品
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切なくなるが、An-124にも関与
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ボストークロケットにもチタンを供給。
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当然ブランにも。
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航空宇宙に限らない。
設備がデカいのは潜水艦を作っていたからだ。
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有名なチタン製宇宙開発記念碑のチタンも当然VSMPO製
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ってなわけで、世界の航空宇宙産業やそのたチタン関連産業に多大な貢献をしてきたVSMPO。
戦争で世界経済から切り離される。

競合他社はひょっとしたら喜んでいるかもしれないが、世界の産業界にとっては大きな損失じゃ。

ボーイングはロシアのチタンを買わない宣言したけど、ついこないだまでイイ感じでVSMPOとやっていたよな。。。

VSMPOは品質はおいておいて、安かったので、チタン部材のコストは上がるのかのう。。。

なお、VSMPOが世界から切り離される影響は、どっかで書く。

ボクは大変行いがいいので、VSMPOに3回見せて貰った。

VSMPOにはいろいろ見せて貰ったので、感謝しているんだけど、一方、VSMPOの競合他社の人にもお世話になっていて。。。

ボクの立場は、ちょい複雑じゃ。